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つれづれなるままに、目に止まった記事のコピーです。
by yokokai2
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飛び道具は卑怯か

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チャンバラ映画、華やかなりしころである。主役の派手な立ち回りに、大勢がタジタジとなると、敵の首領(たいていは悪家老や悪徳商人)は、奥の手として、弓や鉄砲を持ちだす。そこで、かの主役の一声、「飛び道具とは、卑怯なり」。

飛び道具は、空中を飛んで、遠距離より威力をはっきする武器の意味である。鉄砲や弓を指すが、赤穂浪士は、主人の仇討ちの後、「徒党を結び、飛道具をもつて、公儀(幕府)を憚らざるの仕方不届」を理由に、切腹を命ぜられた。

彼らは鉄砲を持たなかったので、この場合は弓である。だが、飛び道具が卑怯だというのは、時代劇や剣豪小説の中での話。古代や中世の武芸の中心は、馬上で弓を射て、見事的中させる技術である。これを騎射(うまゆみ)といい、たがいに馬を駆けさせての戦いを、馳組(はせぐみ)の戦といった。

だから、ひとかどの武士を、「弓馬の士」または「弓取」、「弓矢取(ゆみやとり)」ともいう。

「弓取」にいたっては、後世、領有する国を持つほどの有力武将を、そう呼ぶ。徳川家康は「(東)海道一の弓取」と呼ばれた。

ところが、西洋の騎士は、日本の武士とちがう。彼らは、長大な突き槍(ランス)を小脇にかいこみ、スピードにのって、自らと馬の体重を、相手にぶっつける腕をみがいた。

騎士の戦闘法が、馬上の突き槍になったのは、8世紀初頭である。そのころ、鐙(あぶみ)(鞍の両脇にさげ騎者の足をふみかける馬具)が登場し、両足で踏ん張れることで、刺突の際の衝撃にも、耐えられるようになった。

結果、それまでの騎士の投げ槍や弓が、飛び道具として忌避され、下層の者の武器と位置づけられるようになってゆく。弓は軍隊内で、もっとも地位の低い歩兵や、ロビンフッドのようなアウトローの武器になった。

もっとも、剣・槍と楯で武装した、第1回十字軍の騎士たちが、イスラムの馬上の弓射という、西欧人の知らなかった戦術を体験し、大苦戦をする。そのショックから、歩兵身分の戦士を、馬に乗せ弓を射させた例があるという。

西洋では、12世紀から、弩(ど)(クロスボウ)と呼ばれる、弓に類する機械じかけの飛び道具が普及した。これが、13世紀後半になって、長さ2メートルちかくある長弓(ロ
ングボウ)に、取って代わられた。

英仏百年戦争の最中、1346年のクレシーの戦いにおいて、農民兵で構成されたイングランド軍の長弓部隊は、騎士道の華とうたわれた、優勢なフランスの騎士軍に、大打撃を与えている。

弩は、長弓にくらべ、貫通力、射程距離、命中精度、いずれの面でもまさっていた。しかし、長弓は矢を毎分約6本(最大12本)発射できる。これにたいし、弩は、弦を巻き上げるのに時間がかかり、1分に1本しか発射できない。長弓にとって代わられた理由である。

日本の武士が、なぜ騎射にこだわったかといえば、なにごとにも圧倒的な影響力のあっ
た中国で、漢や唐の名将たちが、馬上の弓射を得意技としていたからだろう。中国の武士は、西方・北方の騎馬民族・遊牧民族との戦いで、歩兵の弩による援護をバックに、騎射戦を展開した。

ところで、日本の弓は、丸木弓や、太い材木を削った木弓だった。長さは、七尺五寸(225cm)がきまりで、世界で、もっとも長大な弓の部類に入る。長大なのは、連射を可能にするため、あまり引き絞らなくても、威力がでるようにしたからである。

ついで、古代から中世への転換期、伏竹弓(ふせたけのゆみ)という合わせ弓が登場する。木弓の外面(弦と反対の側)に、真竹を貼りつけた弓である。

長弓は、馬上では大きすぎて扱いにくい。全員が騎乗したとされる、モンゴル軍隊の兵士は、騎馬用の短弓と遠射可能な徒歩用の長弓を備えていた。

中国でも騎馬兵は短い角弓(つのゆみ)を使い、歩兵部隊は木製の長弓と弩を組み合わせた。

アメリカ・インディアン(ネイティブ アメリカン)も、最初長弓を使っていた。スペインやポルトガルの植民者を通して馬を知り、やがてそれに乗るようになると、短弓使用に移行したという。

注意すべきは、日本では威力が向上した伏竹弓が出現しても、長さは木弓のそれのままだった点である。身分ある戦士が、長弓、それも馬上では不便な、長弓を使用するというのは、じつは世界に例がない。なぜだろうか。

高橋 昌明「飛び道具は卑怯か」
神戸大学教授。
高知市出身・神戸市在住

2005年12月26日付け高知新聞朝刊
月曜ワイド
歴史家の遠めがね 虫めがね
by yokokai2 | 2005-12-28 14:13 | その他
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